多数派が正しいわけじゃない


こんばんわ

さーもんです。

 

ちょっと、

面白い記事を見つけまして、

「異性愛、法律で禁止へ」高校生が映画を通して描く、セクシュアルマイノリティの生きづらさ

高校生の映画甲子園の

優秀作品の紹介記事なんですけど、

 

同性愛が普通、

異性愛が法律で禁止されている、

という世の中で、

男女の間で恋に落ちたカップルの物語です。

 

そもそも、

ヒトの恋愛を法律で制限するのはけしからん。

っていうことはとりあえず置いといてですね、

 

この映画の面白いところは、

やっぱり、現実とは真逆の世界観で、

ストーリーが描かれているところです。

 

現実では普通のことが、

もしも、普通でなかったら。

そういう世界観で語られると、

それがホントに普通なのかとか、

なんでそれが普通なのかとか、

考えさせられますよね。

 

さて、そもそもその「普通」って何なのか?

ってところなんですけど、

goo辞書によると

「特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。」

らしいです。

(goo辞書 「ふつう」)

 

はい、この、

「ごくありふれたものであること。」

っていう意味で言うと、

現実の恋愛の話でいえば、

異性愛が「普通」ということになるかもしれません。

現状ではね。

 

ただそれは、

単に「多い」っていうだけの話であって、

それが「正しい」というわけではないですよね。

「多い=正しい」「少ない=正しくない」

ではないでしょう。

 

同性愛に限った話ではなく、

こういう、差別みたいな話って、

「少ない」「多数派と違う」というだけで、

「正しくない」「変だ」という発想に、

なってる気がします。

 

なんか、僕からしたら、

そっちのほうが変だと思うんですけどね。

というか、

そういう慣習的なことに何の疑問も持たず、

自分の価値観に取り入れられることに、

違和感を感じるというか・・・・

 

まぁ、それはいいとして。

 

この記事では、

マイノリティの人たちの価値観も、

ありふれた普通のものになっていくといいな。

という感じでまとめられていますが、

個人的には、普通かどうかはどうでもよくて、

普通じゃなくても、互いに認め合えるような、

そんな感じになってったらいいと思います。

 

といったところで、

終わりたいと思います。

ではでは(^o^)ノシ